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宿毛歴史探訪・・・婉という女

ブログを始めて4ヶ月過ぎた。

高知新聞「声ひろば」に投稿したこともあって、新聞をよく読むようになった。

記者さんたちの思いが伝わってくるコラムが面白い。

「婉という女」に思う・・・という投稿が今日の新聞「声ひろば」にあったので宿毛の歴史を少しずつ書いてみようと思う。

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仕事のとき河川敷に車を置いている。

松田川の下流で、場所的には野中兼山が築いたと言う「河戸の堰」の近く。

その河戸の堰も今は可動堰に変わって少しだけ堰が残っているのは歴史好きの私には残念なことだ思う。

すぐ近くに松田城址、兼山が憤死した後、一族が幽閉されたという「野中屋敷」は小学校にその跡地がある。

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「土居下」という情緒ある旧町名は中央という町名になってしまった。

県下各地に兼山の偉業は残されていて、死後の評価は高い。

失脚後の家族は宿毛に幽閉され、兄弟たちは短命であったけれど婉は赦免され、その後お城下に帰り「女医」になったという。

婉の「生き方」に強さとたくましさを感じる

多分、宿毛時代に「漢方」になる薬草など土手で採っていたのではないかと思う。

土手には四季の野の花が、今もやさしく咲いている。

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コメント

「婉」のその後は、余り知りません。
今「歴代藩主in宿毛」しています。
そちらに行って少し勉強してから書きますね

朝倉のおえんどうや土佐山田の恋人にも手を広げてください土佐山田は全国から受験生がおまいりにきています。

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